大判例

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東京高等裁判所 平成元年(う)1140号 判決

被告人 蛭田好春

〔抄 録〕

二 テレホンカードは刑法上の有価証券に当たるか

刑法上、有価証券とは、証券に財産上の権利が表示され、権利の行使または処分にその証券の占有を必要とするものであることは言うまでもないが、≪中略≫本件カードは、≪中略≫NTT発行にかかるNTT作成名義のもので、一定度数の電話利用権を表示していることは、券面上のその記載自体によって明らかであり、しかもその権利行使にカードの占有が必要であるから、これが刑法上の有価証券に当たることは明白である。

ところで、テレホンカードの利用可能度数は、それが正常なもので未使用であれば、その券面に記載されている度数であり、それは券面を見ることによって明らかであるが、もしそれが、券面上の記載に手を加えることなく裏面のその磁気記録部分を改ざんしたものであれば、前記のとおり、カードリーダーは、この磁気記録部分を読み取って利用可能度数を判定するものであり、その判定に従った通話が可能であるから、そのテレホンカードの利用可能度数は、その券面を肉眼で見ただけでは分らないし、また正常なものであっても、一部使用したものは、残存利用可能度数を示すパンチ穴はあくまで目安にすぎないから、正確な利用可能度数は分らない。しかし、これらの場合でも、分らないのは正確な利用可能度数だけであって、電話利用権を表示していることは、その券面の記載自体によって明らかなのである。しかもその正確な利用可能度数は、世間に広く流布し身近にある公衆電話機にそのカードを挿入すれば直ちに分るものであり、電話をかけようとして公衆電話機に挿入すれば、通話に先だって分るのである。このように、その有価証券の表示している財産権のいわば量的な側面において、それを認識するために、一部機械の助けを借りなければならない点があるからといって、テレホンカード全体が有価証券でなくなるわけではない。

もっとも、テレホンカードを使用して電話をかける場合、電話機が作動して通話可能にする上で最も重要な役割を果しているのは、テレホンカードではその裏面の磁気記録部分であるけれども、有価証券偽造罪は、有価証券に対する公共の信頼を保護法益とする犯罪であるから、通話する場合にどの部分が重要であるかという機械的、物理的側面を重視して有価証券かどうかを判断すべきではないし、昭和六二年法第五二号「刑法等の一部を改正する法律」が制定され、いわゆる電磁的記録等に関する刑法の一部改正がなされたからといって、一部電磁的記録を含む有価証券が有価証券でなくなる理由はなく、またその電磁的記録部分と文書とを截然と区別して考えるべき理由もない。

三 テレホンカード裏面の磁気記録中通話可能度数情報を改ざんすることは、有価証券変造にあたるか

前述のとおり、テレホンカードを公衆電話機に挿入して電話をかける場合、公衆電話機に内蔵されたカードリーダーが、カード裏面に電磁的に記録された利用可能度数情報を読み取って利用可能度数が残存していることを確認して初めて通話可能となり、その度数だけ通話できるのであるから、テレホンカードを現実に使用する場合の財産権の量は、まさにこの電磁的記録によるわけであって、もとよりこの量も財産権の内容をなすものである。従ってこの利用可能度数情報を改ざんすることは、券面上の利用可能度数たとえば五〇度数と記載されているものを五〇〇度数に改ざんすることと同じく、有価証券変造罪における変造にあたることは明らかである。≪中略≫

四 変造したテレホンカードを公衆電話機の差し込み口に挿入して使用することは、変造有価証券交付罪における「行使の目的をもって」の「行使」にあたるか

(1) 変造したテレホンカードが、その旨を明らかにして交付された場合、通常、そのテレホンカードは、その後変造されたものでない正常なものとして他に譲渡されるか、あるいはさらに転々譲渡された後、最終取得者によって公衆電話機に挿入して使用される。これらのうち、前者の場合、正常なものとして譲渡される場合は、まさに真正なものとして行使される(有価証券偽造罪における有価証券は流通性を要件としないが、流通することを否定するものではない。)のであるから、これが本罪における行使にあたることは明らかで異論がない。従って変造したテレホンカードを変造の事実を明らかにして他に交付する場合においても、その後の譲渡に際し正常なものとして譲渡されるであろうことを認識していたときは、行使の目的をもって変造テレホンカードを交付したものとして変造有価証券交付罪の成立が認められる。問題となるのは、後者の場合、すなわち、変造テレホンカードの最終取得者において公衆電話機に挿入して使うのが行使にあたるか、そのために交付するのが行使の目的をもって交付するものとして変造有価証券交付罪の成立が認められるかである。原判決は、前者の場合につき、被告人に交付の相手方またはその後の取得者において本件カードを真正なものとして他人に譲渡する等の認識を有していた事実については、これを積極的に認定すべき証拠は存しないとし、後者の場合については、これは行使とは言えないとし、結局行使の目的をもって交付したとは認められないとして、被告人を無罪としたのである。

(2) たしかに、記録を調べても、被告人が交付の相手方またはその後の取得者において、本件カードを真正なものとして他人に譲渡することがあることを認識していた旨を積極的に述べたものは見当らない。然し、被告人ら暴力団仲間で大量に取引される場合には、それが変造にかかるものであることを告げて取引されるであろうけれども、その末端において、一枚あるいは少数枚取引される場合とかあるいは一九九八度数分に近い金額で取引されるようになった場合には、それが変造されたものではない真正なものとして取引されるにいたるであろうことは見易い道理であり、いわんやそれが無償で譲渡される場合には、むしろそれが変造されたものであることは告げられないのが通常であるのに、被告人が積極的にこの点を認める供述をしていないということだけで、直ちにこれを認める証拠がない、とした原裁判所の措置には疑問がある(現に被告人は当審公判廷においては、これを認識していたことを認める趣旨の供述をしている。)。

(3) 後者の場合につき、原判決は、有価証券の行使とは、「その用法に従って真正なものとして使用すること」をいうものと解されるとし、さらに有価証券制度の本質に鑑みさらに検討すると、偽変造有価証券の行使とは、より具体的には「その証券に表示された内容の権利が真実真正に存在しているかのように装って、その行使の相手方における右権利の存在に関する信頼を利用して一定の利益の享受を図ろうとすること」と言うことができ、これは本来証券上の権利の有無を認識しうる人間を相手方とする概念である、とした上、テレホンカードを公衆電話機に挿入して通話することは、公衆電話機を作動させるための「道具」あるいは「鍵」として機能しているだけで、「権利の化体した証券」を用いて相手方にその権利の存在を信頼させるものではないから、有価証券としての行使すなわち有価証券としての用法に従った使用と認めることはできない、というのである。

(4) 然し原判決が、有価証券の行使とは、その用法に従って真正なものとして使用することをいうとする点は正しいが、さらに具体的検討の結果としていう定義が、あたかも、有価証券の行使に具体的な人を相手方として予定し、その相手方に権利の存在を信頼させるとか、その相手方の信頼を利用して一定の利益の享受を図ろうとするものであるとしている点は、有価証券偽造罪の本質を見誤ったものであって到底支持することはできない。

(5) すなわち、有価証券偽造罪は、有価証券に対する公共の信頼を保護法益とするものであり、抽象的危険犯であって、この犯罪においては、法律上、その信頼を害される具体的な人の存在までは必要とされないのである。

これを本件についてみると、たしかに、テレホンカードを使ってする公衆電話装置を作ったのはNTTであり、それを管理しているのもNTTであると同時に、偽変造テレホンカードを使って通話されることによって損害を蒙るのもNTTであって、その関係では、偽変造テレホンカード使用の相手方はNTTであるが、これは経済活動として見た場合のことで、そのため財産犯の成否等でNTTが相手方として登場することはあっても、有価証券偽造罪の成否において、法律上相手方となるわけのものではない。もっとも、有価証券偽造罪は有価証券に対する公共の信頼を保護法益とすると言っても、つまるところは、人の信頼であるが、この人は、NTTまたはその職員というような具体的、特定の人ではなく、一般的、抽象的な人であり、不特定の人である。いわんや有価証券偽造罪の成立のために、有価証券に対する信頼が現実に害されることを必要とするものでもない。

(6) このように考えれば、機械に対して使用するものであっても、そのことのために直ちにそれが行使に当たらないというべきものではなく、前述のごとく、テレホンカードの裏面には当該カードがNTTの発行した真正なカードであることを点検、照合するための情報や当該カードの利用可能度数情報等が磁気的方法によって記録されており、公衆電話機に内蔵されたカードリーダーがこれらの情報を読み取り、利用可能度数が残存しているのを確認して初めて通話が可能となるものであるから、テレホンカードを公衆電話機に挿入して通話することがまさにその用法に従って真正なものとして使用することである。

ところで、仮に当該テレホンカードが裏面の磁気情報を改ざんし、一九九八度数使用できるものとしたものであっても、犯行当時の公衆電話機は、改ざんした利用可能度数使用できるものとして作動する構造になっていたことは、吉利誠の検察官に対する供述調書等関係証拠によって明らかであるから、この場合でもまさに真正なものとして使用されているのである。そしてこのような使用が横行すれば、テレホンカードを使用してする電話装置はその存在を脅やかされることになり、それはとりも直さず、テレホンカードに対する公共の信頼を害することになるのである。

(近藤 福嶋 反町)

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